イギリスの爽やかな夏の定番デザート、イートン・メスを作るのは簡単です。
苺とダブルクリーム(脂肪分の高い生クリーム)とメレンゲを合わせて、苺を煮たソースをかけたらもう完成!
いただく時も、メレンゲを崩してmessy(ぐちゃぐちゃ)に混ぜていただくのが正解の食べ方です。
簡単で美味しく、今や世界中で愛されるお菓子ですが、実は名前の由来もなかなかにmess(混乱)なのがこのお菓子です。
舞台は1440年に創設され、現イギリス首相ボリス・ジョンソン氏やウィリアム王子、ヘンリー王子なども通ったイギリスの名門パブリックスクール、イートン・カレッジ。
19世紀後半、このイートン・カレッジとハロー・スクールのクリケットの試合で提供されるはずだった苺とクリームとメレンゲを使ったお菓子が誤って落ちてしまい、それを無駄にせずすくい上げて潰し、ボウルに分けて提供した…というのが、一般的に言われている説です。
あるいは伝説的によく語られるのは、1920年代にイートン・カレッジで行われたクリケットの試合後、苺のパブロヴァが入っていたピクニックバスケットの上に興奮したラブラドールレトリーバーが座ってしまい、中のお菓子を潰してしまったけれど、少年たちは気にせずにそのまま食べてしまったという説です。
はしゃいでしまったラブラドールのストーリーはとてもお茶目で可愛らしいのですが、実は見つかっている中で最古のイートン・メスの記録は、1893年にヴィクトリア女王が出席したマールボロ・ハウスでのガーデンパーティーのメニューで、他のフランス流の料理と共に”Eton Mess aux Fraises”の名前が記載されています。
ちなみにMessという言葉にはいくつかの由来が推測されていますが、見た目の乱れ方という他にも、ラテン語のmittereから派生した古フランス語のmes(現代フランス語で言うmets「料理」)から来ているのではという説もあります。
そんなわけで残念ながら現実的にはラブラドールの説は薄いようなのですが、それではやはり通説が正しいのでしょうか?
いいえ、実はここにも待ったがかかるのがmessyなイートン・メス。
判明しているだけで1890年代から1960年代のイートニアン(イートンのOB)たちが、「イートン・メスなんてものはなかった!ストロベリー・メスやラズベリー・メス、バナナ・メスはあったけれど、メレンゲは入っていなかった。」と証言しているのです。
アイスクリームの専門家ロビン・ウィアー氏の”Recipes From The Dairy”によれば、1930年代にキャンパス内の売店で出されていた人気のお菓子は、苺かバナナにアイスクリームまたは生クリームを混ぜたものだったようです。
イギリス人にとって苺とクリームは夏を呼び起こすノスタルジー溢れる組み合わせだと聞いたことがありますが、やはり昔から人気のペアリングだったのでしょうね。
そんなわけで、メレンゲは後から足されたことがわかるわけなのですが、それは今のところ”Fine English Cookery”(1973)の著者である、マイケル・スミス氏によるものだろうと推測されています。
当時キャンパスで実際にお菓子を食べたOBたちからすれば、メレンゲ入りは邪道かもしれませんが、やはりイートン・メスにサクサクのメレンゲは欠かせません。
一度メレンゲ入りのイートン・メスを食べてしまうと、大人も子供もなめらかなクリームやフレッシュな苺との相性の良さに夢中になって、来年の夏もまた食べよう!と今から決めてしまうことでしょう。
(写真・文 杉本悦子)