イギリスのお菓子について

第8回 プラチナ・ジュビリーとパディントンのマーマレードサンドイッチ

今月8日、1952年にわずか25歳という若さで即位されてから70年という長きに渡りイギリスを支えていらしたエリザベス女王の崩御が伝えられました。
国民に寄り添い続けてきた女王陛下を偲ぶため、知らせを聞いた多くの国民が哀悼のためバッキンガム宮殿を訪れているそうです。
エリザベス女王は今年イギリス史上初の即位70周年「プラチナ・ジュビリー」を迎えられたところでした。

プラチナ・ジュビリーをお祝いするため、イギリスでは1月から国民から女王に捧げるプディングを決める「プラチナプディング・コンペティション」の開催が発表され、大成功をおさめるなど盛り上がりを見せていました。
6月2日から5日までの4日間はジュビリーウィークエンドとして今年限りの祝日となり、王室のセレモニーやパレード、クイーンなど有名アーティストによるライブパフォーマンス、国民による各地でのストリートパーティーなど、国を挙げた盛大な祝賀行事が続々と執り行われました。

日本では祝賀パレードの模様がNHK-BSで中継され、私たちもその一大行事ぶりを垣間見ることができましたが、特に注目を集めたのが、極秘裏に撮影されたというパディントンとエリザベス女王の秘密のお茶会です。

パディントンはイギリス児童文学『くまのパディントン』の、マーマレードが大好きでお馴染みのくまのキャラクター。
オレンジマーマレードの瓶がつまったカバンを抱えてペルーからロンドンにやってきて、ブラウン一家のもとでお世話になるのですが、礼儀正しいイギリス紳士のようでいておっちょこちょい。
トラブルを起こしてドタバタと周りを巻き込むものの、その素直さと一生懸命さに物語の中外で愛される存在です。

今回は実写版映画『パディントン』のチームによる制作とのことで、ユーモアのあるお洒落なスペシャルコラボ映像となっていました。

舞台は、バッキンガム宮殿の豪奢な一室。
運ばれてくる美しいティーセットや作りの良いゴージャスなティーコージーが輝く中、パディントンが女王にお茶会への招待のお礼とジュビリーの挨拶を伝えると、イエローとブルーの爽やかな衣装をお召しになった女王が「紅茶は?」と声をかけます。
「ぜひ」、と実に礼儀正しく答えたパディントンでしたが、なんとティーカップを使わず、ティーポットの口から紅茶を飲み干してしまいます。
思わず、ひっ、と息をTんでしまう場面ですが、そういえばパディントンはブラウン家で紅茶をそうやって飲んでいたかも。
お付きの方に睨まれたパディントンは自分の失敗に気付きますが、失礼を詫びたところで紅茶はもうなく、後の祭り。
気まずさに固まってしまっているうちに足を滑らせて大事なポットを落としそうになってしまいます。
慌ててキャッチしたものの、結局目の前にあったエクレアを盛大に踏みつけて、中の生クリームがお付きの方の頬に飛んでしまったのでした。
さあどうしましょう? お茶会なのに紅茶もなければお菓子もなくなってしまいました。

パディントンはクリームがついた手を気まずそうにダッフルコートにこすりつけ、仕切り直すように話し出しました。

“Perhaps, you would like a marmalade sandwich. I always keep one for emergencies.” (マーマレードサンドイッチはいかがですか。僕はいつも非常用を一つ持っているんです。)

出ました、パディントンの非常用マーマレードサンドイッチ!
パディントンのマーマレードサンドイッチはいつも大事な時に登場します。
映画ではマーマレードサンドイッチが屈強な囚人たちの心を鷲掴みして危機を回避したこともありました。
そういえば、家出したパディントンが雨宿りにバッキンガム宮殿の衛兵のもとを訪れた時、お腹がすいて非常食に手をつけようとしたパディントンに、優しい衛兵さんがあの大きな帽子の下からサンドイッチやお菓子、ひいては紅茶まで取り出してシェアしてくれる、なんてシーンもありましたね。
あの時は交代の衛兵に追いやられてしまいましたが、まさか宮殿の中で女王とお茶をすることになるとは、いやはや。

ともかくもトレードマークの赤い帽子から大きなサンドイッチを取り出してみせたパディントンですが、でもエリザベス女王に差し出すには少し、いやだいぶカジュアルすぎるかも…。
ドキドキしながら見守っていると、女王はなんと、

“So do I. I keep mine in here… for later.” (私もです。私のはこの中なの。後々のためにね。)

と、ハンドバッグを開けて中に秘密のマーマレードサンドイッチが入っているのを見せてくれたのです!
夢のある展開に思わず笑顔になってしまいますね。
それを聞いて驚くパディントンも可愛いですが、それ以上に女王のいたずらっ子のようなチャーミングな瞳がなんとも素敵です。
ロンドンオリンピックの開会式でのジェームズ・ボンドとのコラボも記憶に新しいですが、今回は女王の優しさや魅力がより表現されているような気がします。

ちなみに、パディントンの英語版ウィキペディアにはこの時のことが書かれていて、「女王は自分もいざという時のためにマーマレードサンドイッチをいつもハンドバッグに入れていることを明かしました。」と楽しい記録がされていました。

さて、外の歓声が大きくなりお付きの方が女王に声をかけると、パディントンは女王に向かって心を込めて感謝の気持ちを述べます。

“Happy Jubilee ma’am, and thank you… for everything.” (ジュビリーおめでとうございます、女王陛下。そしてありがとうございます…何もかも。)

パディントンがこの世に登場したのはエリザベス女王即位から6年後の1958年。
女王の在位とほぼ同じ時を過ごしてきたパディントンを通じて伝えられた国民から女王への言葉には、70年という長きにわたり、英国王室の顔として私心なく国と人々に尽くし続けてきた偉大なる女王への尊敬と深い感謝が感じられ、ぐっと心を動かされるものがあります。

エリザベス女王とパディントンのお茶会映像はこちらからご覧になれます。
Ma’amalade sandwich Your Majesty? / The Royal Family / YOUTUBE

 

パディントン本_作者サイン入ページ_杉本悦子

パディントンシリーズの作者、マイケル・ボンド氏のサインが入った貴重な“Love from Paddington”(2014)。筆者がイギリス・ダルメインのマーマレードアワードでインターナショナルカテゴリーWinner(ホームメイド部門)を受賞した際に大会からいただいたもの。

 

マーマレードサンドイッチ_ロール型_杉本悦子

教室でプラチナプディングのレッスンをした際、特別映像にちなんでお出ししたロール型のマーマレードサンドイッチとジャムサンドイッチ。後ろに映っているのがプラチナプディング。

 

(写真・文 杉本悦子)

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